episode4

2018年1月1日

地元の神社へ尾崎と初詣に来ていた。

「今年は飛躍の年にしようね」

毎年のように言うこのセリフも年々色んな意味がプラスされていくのを感じる。

今年は自分の中のタイムリミットでもある。

それが過ぎたから「はい、夢は諦めました」って事ではなく、出来るまでやってやる気は元々あるのだが、八年前に余裕だと思っていた事がまだ目の前にないことに、焦りは感じていた。だから、敢えて自分の中でやたらとリミットを意識していた。

ただ当時はいなかった、久保と尾崎が仲間にいることがとても心強かった。

「どうにかなる」

「絶対やれる」

昔からある根拠のない自信は、まだまだ自分の中にあった。


それから数日後

2018年1月12日

「花の木のママ、昨日朝亡くなったんだって」

突然の尾崎からの報告。

「マジ、なんで」

花の木に訪れてから予想してないことが多く続いていたこともあり、冗談のように聞こえた。

冗談で尾崎がそんな事言うはずはないが、あまりにも急な話で思考と感情がついていかない。

「突然だったんだって」

信じ難い報告で、悲しさよりも驚きが勝っていた。

ついこの間まで尾崎がアルバイトしていたし、ママの生きた言葉にエネルギーを貰っていたのに、、、。

僕がママにあったのは、半年前の一回だけ。

普通に考えれば、人生での共有した時間の長さや思い出の数に比例して、悲しさや寂しさは決まるのかもしれない。そう考えれば、言い方は悪いが、一回だけしか会ったことのない人の「死」の報告だ。

「残念だったね」と言って、その後は特に気にも止めず当たり前の日常を過ごせるはずだった。

しかし不思議なことに、この報告を受けた僕は頭が真っ白になり、冷静になれと言い聞かすほど、動揺していた。

多くのママの姿を持ち合わせていない僕は、「花の木」という別世界に迷い込み、優しく背中を押してくれた、あの日のママの笑顔を何度も思い返していた。

仕事中も頭からあの日の花の木の映像が離れてくれない。

いつもの様に、元気に笑顔でいる事が辛いと感じた。


「なんか不思議だな」

時間が経ち、少し冷静になると、自分の花の木やママに対する想いが自覚していたより強かった事に気づき、少し笑えた。

人はなにかを失ってから気づく事がある。そして、もっと「あーしとけばよかった」と後悔してしまう瞬間もあるが、逆に本当に自分が大切に思っている本質に気づける瞬間でもある。

花の木を訪れたあの日、偶然の出会いからママが僕らの背中を押してくれた。

この出来事で僕達の心に何か大きなエネルギーが生まれた。

今の時代何でもすぐにインターネットで検索すれば、わからないことや欲しい情報が手に入るが、花の木の空気感とママの生きた言葉による希望の様な感情は、人と人の偶発的な出会いの中にある気がした。

そしてこれは僕達の”創りたいモノ”に似ていた。

「あのお店はどうなるのだろう」

お店の今後の心配をすることなんて今までにはなかったが、単純にあの空気感が無くなる事が悲しかった。

尾崎から「ママが亡くなったことを知らないお客さんもいるから、看板は付けずにお店開けることになったから、来週の火曜日に花の木行ってくるね」と連絡が来た。


ママの死因は大動脈破裂だった。

亡くなるその日までお店を開けて、帰って寝たまま朝方天国に旅立った。

表情は穏やかだったという。

経験上、人の死に際にはその人の人生が現れる気がしている。

僕は、人生でとても偉大な二人、母方の祖父と、父親の息を引き取る瞬間を看取った経験がある。

どちらも、旅立つ瞬間までその人柄が現れていたのを覚えている。

息を引き取るタイミングも、まるでこのことを待っていたかの様に、「誰にも後悔させないようにしたのかな」って思う様なエピソードがいくつもあった。

ママの最後を聞いて、凄くカッコいい最後だなと思った。

ママにとって「花の木」というお店がどれほどのお店なのか、分かると言ったらおこがましいが、きっととても大切で、大好きな場所で、人生かけたお店。

45年一つのお店に立ち続ける、この偉大さは想像を遥かに超えることなんだろうということは頭で理解しようとした。

そして、家族やお客さん、周りの人とのママとしての関わり。その全てが、この死に方に”ママらしい”と言わせたんだろうと思う。

お店の件に関しては、このまま「花の木」として続ける事は難しいということ。次男の息子さんが後の事を担当するが、息子さん自体は継ぐ意思はないとのことだった。

花の木に始めて訪れた日のことを思い返していた。

何度思い返してもとても奇跡的なストーリーに感じた。

「このまま知らない人が全く新しい店にするのは嫌だ」

「ママの意志を継いで俺たちでやってみたい」


そう思った時。心の奥底の何かがジワッと溢れ出した。


もともと宿泊事業をやろうで集まった僕らではあるし、正直新宿という場所にもそこまで惹かれてはいなかった。自分たちの初めの事業がBARであることも全く予定にはない。

だけど、単純に世間一般的にいう業態とか、お店の広さ、そんなことよりもっと根本の思想みたいなところでママと繋がれていた事に改めて気付かされた。

”ママが人生かけて作った花の木を僕たちが人生かけてやろうとしている事業の1号店目としてやらせてもらえたら”

一気に頭の中に自分たちがあそこの場所でお店をしている風景がいっぱいに広がった。

物件探しをする時「イメージが出来ない場所は上手くいかない」と、いつもネットや実際の内見の時には、そこを意識して探して来たつもりだが、こんなに鮮明に臨場感のある映像は初めてだった。

だけど、そうはいってもどうしたらいいのかもわからないし、まだお葬式やお通夜も終わっていない。

そんな時にこんな事で興奮している自分は不謹慎な奴に感じた。

まずはしっかりママをお見送りしよう。

尾崎に自分もお通夜に行く旨を伝えた。

「一度しか会ったことのない奴が」と一瞬頭を過ぎったが、尾崎もお世話になったし、どうしても行きたい気持ちになっていた。


2018年1月20日


お通夜は新宿西口のビル街を抜けて、静かな住宅街に入った所に会場になる綺麗なお寺が現れた。何よりも驚いたのが、参列している人の数だ。会場の外まで列が伸び、ジグザグにならないと収まらないほどで、それを見て、花の木の棚一杯のウィスキーボトルが頭に浮かんだ。

「あのボトルの数が人なんだ」その人達が目の前にいた。

僕らを花の木に連れて行ってくれたおじさんも参列していたので、目が合い挨拶すると、とても静かな返事が返ってきた。

きっとみんな突然という事もあり、整理の仕方はママとの関係性の数だけ違うんだろう。


中に入ると、これもまた初めて見るお通夜の形式だった。

そこには等身大の若かりし頃のママのパネルと、花の木のカウンターがセットされていた。

そして、ママとウィスキーで献杯をした。

凄く斬新ではあるが、ご家族のママへの愛を感じた。

ママの遺言で「お店のお酒はみんなに振る舞って」と前々から言っていたらしく、二階の会場ではボトルキープをしていた人たちが、残された自分のお酒を飲んでいた。

ちらっと僕らも二階を覗いたが、当然僕らが入っていける空気ではなく、すぐに会場を後にした。

お通夜に良いも悪いもないだろうが、ママという大きな存在を感じた。


やっぱりお店はハコの大きさではない、そのお店がもつ世界の広さ、深さ、人と人の目には見えない繋がりなんだな。

「僕らでやってみたい」ママはこの想いをどんな風に感じるのかな。

ママの答えは聞けないけど、あの日「あなた達にはやれるわ」その言葉がまた聞こえてきた。

とにかくまずは、この想いを息子さんに伝えてみよう。

そう決めた僕は、まずは尾崎にその旨を伝えた。


「ママとの出会いは本当奇跡的。私あの店のあの空間を体感出来てほんと良かったと思ってる。貴方達なら、ゆずってもいいわって。言ってくれるかもしれないね」

尾崎が言ったこの時、本当にママに言われた様な気がした。

この瞬間覚悟は決まった。

どうなるのか見えない未来に不安を膨らませるより、今出来る事を一つずつやろう。

後は運とやらがあるのかないのか、これまでの僕らの歩みが正しければ、どんな結果になろうと、次に繋がる経験になるだろう。

良いか悪いか分からないが、どんな手を使ってもやらしてもらいたいとか、これが上手くいかなければ夢は諦める気持ちではなかった。

これまでにチャンスと思える話もあって、それを何が何でも掴みとると必死になった時期もあったし、事ある毎に一喜一憂した経験がそうさせているのかもしれない。


確かな事は、この街が好きとか、場所がいいとか、ここでやれば儲かるでもない、そもそも家賃がいくらなのかも分からなかったし、通常お店をやる前に優先して考えるべき条件みたいな部分は、頭のどこかへ行ってしまっていて、もっと目に見えない深い所でやりたいと感じていた。

商人としては、想いだけでは駄目なのは分かっている。人を巻き込み、その人の人生があるのだから、やるからには儲けなればいけないことなど分かっている。

しかし、あまりにも多くの人からの儲かるかを重視し、責任を突きつける問いかけに「現実を見て諦めたほうがいい」そう聞こえる自分に嫌気がさしていたことも事実だ。

誰かの人生の中で、僕らの生み出すコト、モノに価値があるのか。「誰かの為になりたい」この気持ちやサービスを表現出来る場所をずっと探していたんだ。

それが優しい笑顔で包んでくれたママが作った花の木の中にはあった。


何かを始める最初の感覚やイメージは、数字や責任、現実などシカトして、ココロを思いっきり輝かせたコト・モノで有りたい。

花の木を訪れたあの夜、僕はママにこれからの想いを伝えた。それを疑うことなく、信じて、応援してくれた。人は多くを語るが、大切な事を決める時のポイントは意外とシンプルだ。

僕らは日々多くの人と出会う。しかし、自分の人生に影響を及ぼす程の出会いはそう多くない、それは一体どういう時なのだろう。

今まで解けていなかった自分の中にあった問に、少し答えの欠片が見えた気がした。

「自分の思想や想いを強く持つこと、そこに向かって行動し続けること、そうするとそれと似た想いを持つ人と出会った時に特別な繋がりになるのかもしれない」


ママから貰った大きな気づきに一人ニヤけてるのを尾崎にバレないように、偉そうに永遠と並ぶ高層ビルの間の夜空を見上げた。人混みの中にある新宿駅に着き、尾崎と別れた。


別にまだ何も始まっていない。

「さぁ、こっからだ」