HALO episode3

「花の木の出勤日決まりました。笑」

「え、マジ!!いつ?」

 尾崎からLINEが届いた時、僕は従兄弟が脱サラしてオープンした恵比寿の串揚げ屋さんにいた。人酔いするほど、混み合う店内で、アルバイトをしていた。

 ゴールデン街の"花の木"に行ったのは、ついこの前だ。たしかに、尾崎は「ママに弟子入りしたい」と言っていた。まさか、本当に働くことになるとは思ってもみなかった。

 新宿やゴールデン街に期待なんて1ミリもしてなかった。

ただ、"面白そうじゃん"その感覚的なモノで足を運んだ街。そこで出会った知らないおじさんに連れて行かれたお店。そのたった一回で、働くなんて。

これだから人生は面白い。

 「なんで花の木で働こうと思ったの?」

 「花の木に入った時、一瞬にして別世界に迷い込んだって思った。名札の付いたボトルが棚いっぱいに並んでいて、ママが45年間作ってきた人との繋がりに、感動したの。私もカフェでそれを作ろうとしていたから。それを自分の知らなかった空間で作っているママと話して、この人と一緒に働いてみたいって素直に思ったの」

 今振り返ると、この尾崎の選択が"偶然では片付けられない出会い"と"HALOを生みたい想い"が繋がり始めた瞬間だった。

 尾崎がなぜ、前職のカフェに就職し、そこでなにを経験し、大切にしたのか。その先に求めたモノ、元々根本に持つ想い。そこから離れ、本気でここから何を生み出そうとしているのか。その為に日々感じ、考える、現実と想い。新しい仲間との動き。

 あげればキリがない。ただその全てが「花の木で働く」に尾崎を導いた。

 そうは言っても、この出会いや選択はこの世に生を受けてから、今まで歩んで来た人生の道筋がなければ生まれない。

 僕が、自分で事業を立ち上げたいと思った時、1番に頭に浮かんだのは尾崎だった。生まれてすぐ出会い、共に育った幼なじみ。一緒にやりたい理由として、これは否定はできない。

 だけど、それだけでは事業など出来ない。事業相談のアドバイスの中に「友達とはやるべきではない」は、決まり文句だった。でも僕はいつも、心の中で中指を立てていた。その理由は、尾崎の答えた中に詰まってる。

 「人と人が繋がって、笑顔が集まる『場』を創りたいって想いが根本にあるの。そこにある全てのモノ、サービス、流れる音楽、インテリア。もちろん1番大切なのはその場所に居るヒトが持つ空気感だから、それを自分達でデザインして創っていきたい。私は、空間としてやっぱりカフェが好きだし、キッカケは1杯のコーヒーでもお酒でも、ほんの一瞬でも1日の中で豊かだなって感じる時間を増やせたら素敵だと思ってる。 

だから、誠也がイメージする景色がすんなり共有できたし、一緒にやりたいとも思った。

そういうコミュニティーの場を世界中に創れたらいいなと思ってるよ」

 彼女が持つ信念に、僕が操られてるとも見える。花の木に入った後、尾崎から何度かママとの出来事が送られてきた。

  「昨日ね、花の木のママが人生は色んな出会いを繰り返す短編小説みたいなものだから。自分でシナリオを書かないとつまらないわよね。って、誠也と同じ事言ってたよ。笑 世代は違えどもママとは価値観が合うから、こうやって縁があるんだよね〜」

 「ママは 生き様を見せてくれるから、激動の時代というか自分たちが全く見た事なかった世界でずっとやって来てて。色々見て経験してきてるからこその、今の価値観や意見ってすごく響く。私が見込んだ人はだいたい成功するのよ。ってだからあなた達はやれるわって」

 花の木に入ったあとの尾崎の LINEは、いつもキラキラしていた。

その中にあるママの言葉が"嬉しかった"

自分の考えが肯定されたと感じたからではない。

花の木という素敵な空間を作るママがそう生きている事、そして、その人と繋がれた事が僕ら背中を押してくれた。

 ママに会いたいな。

一つのお店、空間に触れたいなんて、今まで思った事があっただろうか。  

 そう思いながら、2度目の訪問が出来ないまま、期間限定の尾崎のバイトは終わった。 

 もうすぐ2017年も終わる。

普段から忙しいこの街も、忘年会シーズンで更に人が押し寄せている。

 狂ったように酒を浴び、悲鳴のような雑音の中で、僕はどこか違う世界にいる気分だった。

 ここにいる全ての人にもそれぞれの人生がある。来年の6月で29歳になってしまう。

 20歳の時、最高の仲間を集めて、自分達で起業すると決めた時、今この瞬間から、25歳!遅くても28歳までには必ずやると心に決めた。

「絶対余裕だろ」なんならもっと早く出来るはず。そう思っていた当時の自分。

 気がつけば、そのタイムリミットも残り半年。不安と焦りが何度も自分を襲う。態度や考え、言うことは偉そうだが、この内面はとても人に見せられるモノではなかった。

 この後、僕らの運命が動き出し、目に見えない糸が既に繋がり始めているコトなどつゆ知らず、引っ切りなしに続く注文されたお酒を作っていた。

 人生には不思議な事が起こるものだ。それならそうと、先に教えておいて欲しい。

 いや、待った。違う。

知りたくはない。起こると分かっていたら面白くない。出来るか出来ないか分からないから、やってみたいんだ。

 いつだって進む方角は、自分達のオリジナルセンサーでありたい。